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インタラクティブアートを越えて / 金子義則

「人間は考える葦である」。プレーズ・パスカルはそう言った。
"Merry"プロジェクトには、次の成長への道を探り続ける智慧がある。"Merry"が他の幾多のアートと一線を画すのは、その点だ。
Merryスタートのきっかけは、アートディレクター水谷孝次が99年の春にアメリカを旅行中、バスの中で偶然出会った少女たちの笑顔をスナップ写真に収めたことだった。走るバスの車窓をよそに、友だちと無邪気に戯れている少女たち。
くったくのない楽しそうな笑顔には、明るい幸福感が封印されていた。この笑顔だけはデザインできないと思えた。
この不思議な力を持ったスナップはまず、写真集「Merry/終わらないメリーゴーラウンド」として1999年11月に刊行される。間もなく「Merry at Laforet 2000」が、2000年1月にラフォーレ原宿全館を使って行われた。ここまではアート・コンテンツの定石。しかし「パネルを並べただけで、本当に観る人に共感してもらえるだろうか」。水谷が常々考えていた「展覧会」形式への疑念が面白い具合に逸脱を誘う。ここからMerryが街に出て人々と向き合い、増殖し始めた。
毎日のように水谷が原宿の街に立ち、カメラで少女たちの笑顔を撮影し、手書きでMerryメッセージを寄せてもらった。そのパネルがミュージアムに展示される際には、ミニスピーカーがセットされ、被写体の少女たちが夢や憧れを語る声まで再生、インタラクティヴ性のある空間を生み出した。「あなたのMerryをポスターにします」と銘打ち、撮影は展示期間中も続行。来場者の笑顔がその場で次々とB全サイズのポスターにされ、会場ビルの壁面という壁面を埋め尽くした。もっと実感できるインタラクティヴヘ。「考える葦」のごとくアイディアが展開し、次の笑顔へと伝播して行った。

「茶の道は美の法である。もし美に新しい形が現れるなら、そこにまた新たな茶が生まれる」。柳宗悦はそう言った。

Merryの笑顔の力は、メディアテクノロジーの方向性にも一石を投じ始めている。日英同盟締結100周年にあたる2001年ジャパンイヤーに際し、ロンドン・セルフリッジ百貨店では、「JAPAN 2001」の中心イベントとして「Merry-Tokyo Life-」を2001年5月に開催。同時に東京のラフォーレ原宿で「Merry-London Life-」を開いて、二つのMerry展会場はインターネットやi-modeでつながれ、それぞれの観客のMerryワードがお互いの会場でライブ・インスタレーションされる仕組みを作った。今、ニューヨークと東京のアストロビジョンを結ぶ計画も進行中だ。
テクノロジーの可能性が目覚ましく拡大した現在、その方向性を先導し、生かし切る哲学が欠落していると言われるが、Merryは豊かな心を分かち合うためのコミュニケーション、という新しい理想型を提案するビジュアルアートに見える。つまり、形が美の法をリードしているのだ。顔は人間の心のディスプレイ。人の心と心をつなぐ究極のツールとしての「笑顔」をソフトに、通信会社の最新インフラや電子機器メーカーのインターフェイス技術の歩むべき指針が、案外、Merryの中に隠されているかも知れない。

「戦争は終わる。あなたが願うなら」。オノ・ヨーコはそう言った。
誰しも、自らの幸福の源泉や楽しい記憶、夢について思い浮かべる時、少年や少女のような無邪気な明るさを顔に滲ませる。水谷はそれを定点観測のようにドキュメントし続け、それをまた動力に、人々によるコミュニケーションが生まれ、提唱者であるはずの水谷自身もまた、彼らの前向きな力に励まされてきた。
例えば神戸では「神戸21世紀・復興記念事業」の一環として、阪神大震災から立ち直った元気な神戸市民の笑顔を集め、Merry展を開催。モデルになった市民たちがボランティアとして働きかけ、地元の新聞社が写真集を出版するに至った。確かにMerryは、人を動かしているのである。
今後Merryは、このピープルパワーを社会福祉や環境問題などのテーマを舞台に、世界をつなぐムーヴメントとして育っていきそうだ。「私たちの地球をMerryにしよう」というテーマのもとに、環境への興味・関心を実感として共有し合う方法として、このMerryのコミュニケーションモデルを活かそうという計画がある。心を通じ合った理解のもとで、ゴミ問題や緑化問題へのポジティヴな動きを盛り上げようという試みである。
願いがあれば世界は動く。言葉を超えた笑みの力が世界に共生の道を指し示していく。人類全てをつないでいく。これもあながち、荒唐無稽な話には聞こえなくなってきた。地球上のあらゆる場所に生物が存在するように、Merryは形を変え、人々との交流を通して成長し、また次の旅へと向かう。Merryとは、人類共生のための賛歌――。その願いがさらに多くの場で実証を待っている。


[かねこ・よしのり / 写真評論家]

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