
パリ→バルセロナ、ちきゅうっ子笑顔キャラバン
2015.01.31 16:38
世界中を笑顔にしたい !
福島の子どもたちによる笑顔プロジェクトを日本中、世界中に伝えるため、
ふくしまっ子とパリっ子、バルセロナっ子による笑顔プロジェクトを実施。
今回は、GANBALO主催「SUMMER CARAVAN」の協力のもと、
福島の子どもたちが、パリからバルセロナを巡る笑顔キャラバンを開催。
「ふくしまっ子10万人」の想いを「ちきゅうっ子1億人」に届けるため、笑顔の輪を世界に発信!
レポートの文章は、GANBALOプロジェクトの会長である富樫一紀さんから頂きました。
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8月4日 いよいよパリ出発。
折角集まってくれたパリのハワイアンダンスグループの花形たちも
雨のなかですっかりしぼんでしまった。
それでも美術館の軒を借りて福島いわき市からきた子供ダンサー達に
音楽とフラダンスを披露してくれた。
雨のはざまにエッフェル塔をバックに記念撮影を済ませるとようやくスタートだ。
8月7日
ボルドーではチェルノビリから来た子供達と再会した。
昨年ロット県のル・ビガンの村でピアノコンサートを福島市といわき市の男女氏と行った
アクサナちゃんは今年15歳だ。
ホストファミリーのアニーさんが3人 の娘達を連れて参加してくれた。
一緒に来たダリダは20歳、皆で元気に再会を祝った。
二人は日本館でのイベントでメリープロジェクトのワークショップで紙皿の絵を描いてくれた。
子供のホフトファミリーをしてくれた鴫原さんと、
ボランティアメンバーの女性達も一緒に記念撮影。
GANBALOの立ち上げから精力的に映画製作をしている栗本一紀監督も
自作の映画上映の前に短い挨拶をおこなった。
こうしたイベントを通して福島の輪が世界中に広がっていく。
ボルドーの街に到着。
子どもたちは、笑顔の傘を差して、街を散策に!
すると突然雨が…。
しかし、笑顔の傘を差すと、雨がやみ、水が薄く貼られた広場はまるで鏡のようになり、
笑顔が床に映り込み、不思議な光景となりました。
8月10日
古い瓦屋根の美しいロートレックは城壁に囲まれ中世の面影を残す住民が1800人に満たない村だ。
アルビからの移動で随分遅れたにもかかわらず村人の集団 が中心の広場に待っていた。
急いで小林憲明の油絵「ダキシメルオモイ」を展示しメリープロジェクトの傘が飾られた。
村長さんから温かいウエルカムコメント が述べられ乾杯の音頭をとっていただいた。
さらに村人や子供達と紙皿に顔を描いてもらうワークショップが開かれ、
小綺麗な映画上映室では栗本一紀監督の「禁じられた大地フクシマ」の上映が行われた。
上映中に子供達は、この村のイベントをまとめてくれたデュシェヌ登紀子さんの案内で名所を案内してもらった。中心のレストランにも多くの人々が食事に集まっていて、
バンド演奏の合間にキャラバンに参加した子供達が紹介され、旅行の足しにカンパまでして頂いた。
夜はホストファミリーの一つであるマリーさんの田舎家に関係者が集まり、子どもたちの歓迎夕食会が開かれた。ロートレックの美味しいニンニクは全国で定評があり、
有名なニンニクスープから始まり、村のパン屋さんがキャラバンのために
特別に焼いてくれた歓迎パンを披露され宴は一気に高まった。
温かいロートレック村の人たちにメルシーボクー!
8月13日
モセットの山小屋に近い森の中にラ・クームという小さな学校がある。
第2次世界大戦中ナチスの手を逃れてユダヤ人の子供達がこの山間の校舎に疎開したそうだ。
折からサマースクールで音楽の講習プログラムが行われていた。
福島の子どもたちが学校に招かれ、生徒達と交流した。
夕方モセットの教会でコンセルヴァトワールの生徒が催した
ピアノとヴァイオリンの素敵なコンサートに招かれた。
先生の同意を得て、小林憲明の油絵とメリープロジェクトの傘を展示した。
荘厳な雰囲気の中で「ダキシメルオモイ」は人々の感動を誘っていた。
「愛」は揺るぎない。
8月17日バルセロナに到着!
サグラダ・ファミリア聖家族教会の前で笑顔を発信。
約束の時間に鉄門の前に行くと、しゃれた麦わら帽子をかぶった紳士が子供達を待っていてくれた。
バルセロナのサグラダ・ファミリア聖家族教会で主任彫刻家をしている外尾悦郎氏である。
朝10時で既に多くの観光客が列をなしている雑踏を抜けて静かな教室に案内してくれた。
毎日15000人の人が訪れるそうだ。
自己紹介の後に話し始めたのは、人はどうして旅をするかという事だった。
24時間で一周する地球の回転速度は時速10万キロ。
その地球は銀河系を時速80万キロで回転している。
我々は一瞬たりとも同じ場所にはいないのだ。
旅をするのは知らないことを学ぶため。
大切なのは自分が何も知らないという現実を実感することだ。
それが実感できると、人は知るために勉強をする。
サグラダ・ファミリア聖家族教会を設計したアントニオ・ガウディは小児リュウマチだった。
病弱な自分に何が起こるかわからないという不安のなかで雑草を見ながら生物界を学んだ。
自然を見つめるなかで、美しい形は安定しており、自然界のなかから構造を学ぶべきだと悟った。
ガウディは高さと耐久性を増すためにレンガを縦に屏風状に並べた。
人が不可能だと思うことを工夫して可能にしたのだ。
三度の戦争を体験している彼は、
幸せになることが大切だと考えたが独りでは幸せにはなれないと思い至った。
固まりそうな病と闘い、毎日10キロ歩いて74歳まで生きた。
外尾氏がどうして彫刻をするのかを話した。彼は1978年にバルセロナを旅した。
当時自分が何なのかわからないなかで、ただ石を彫りたかった。
石を彫ることで幸せな気分になることができた。
3ヶ月後には学校に戻らなくてはならなかったが石彫の職人として働き始めた。
2005年にユネスコの世界遺産に登録された生誕の門の下にある4枚の青銅の扉は氏の発案だ。
ガウディが残したものを真似るのではなく、ガウディが作ろうとしていた方向を見ながら
作り上げることが必要だと熱心に話した。子供達を前に話す、氏の真摯な姿勢は緊張感を与えたが、
別れの握手をする優しい目線が氏の温かさを感じさせてくれた。
8月21日
クレリボーの教会にて、町の人たちもみんな集まってくれて、遠くからもたくさん人が集まった。
笑顔のアート皿づくりにも参加してくれました。
タイの原発について研究している学者さんが映画の上映会を開き、子どもたちが作った映画も見せた。教会の前では、ヨーヨーなどを出して日本のお祭りを楽しんでもらった。
またこのことは、アルプス一帯をカバーするドフィネリベレ紙に2回に分けて掲載されました。
ドローム県のニュース
フランスNPO団体GANBALOは2011年の原発事故で被災した地域の10人の子供達に
フランス一周をプレゼント。福島の子供達にとって自由の風のようだ。
二年前からGANBALOは福島の子供達に良い空気を吸いにフランスへ来る事を提案している。
今年は10人の子供達が3週間にわたるサマーキャラバンに参加した。
終わりの滞在地としてドローム県のシャティヨン=サン=ジャンへ立ち寄った。
クレリヴォーの館のパン焼き釜の前でタマキ、シュンペイ、ヒロアキは真剣な表情でパン作りの準備を見守る。
パリ、ボルドー、ピラの砂丘そしてバルセロナを見た後で、日本のティーンエイジャーたちはドロームの伝統を発見する。ここシャティヨン=サン=ジャンは日本へ帰国前の最後の滞在地となった。
「マルセイユのフェスティバルからの帰りにこのペンションのオーナーと出会い、意気投合したのです。」
とガンバロ会長の富樫一紀さんは語る。
このいわき出身者たちはサマーキャラバンに3週間参加した。
このサマーキャラバンはGANBALOにより二年前に創設された。
「私は福島の原発事故に大変ショックを受け、福島の子供達を助けるために協会を立ち上げることを決めました。」と会長の富樫さんは語る。
福島の被災地のドキュメンタリー映画のプロデューサーでもある彼は旅行以上のものを提案する。
それはイニシエーションとしての旅。
「一ヶ月近くの間、子供達は治癒力を取り戻し、世界に向かって自分を開くことが出来るのです。
そしてとりわけ信念を持つことです。」
いわき市は人口34万4千人の港町で福島第一原発の南45キロに位置する。
2011年3月11日いわき市は大地震に襲われ、次に15mの高さの津波に襲われた。
目には見えないが、原発の爆発による放射能汚染は同じくらい危険である。
二日後にはいわき市は年間許容量に達する放射能を記録した。
家の中に閉じこもって暮らしながら、どこへ散歩へ行くことも出来ずに過ごした後で、
シュンペイとヒロアキの14歳の双子の兄弟はこの大気浴に大満足である。
「海で泳げたのが嬉しい。日本ではもう出来ないから。」としゅんぺいは言う。
12歳のタマキはピラ砂丘を登りながら感激していた。青春のまっただ中の若者にとって自由の風。
「昨年参加した、ある少年の父親が大変に喜んでくれた。サマーキャラバンは息子の人生を変えた。
彼は外交官になりたいと言っているそうだ。つまり彼は世界に興味を持ち始めたということだ」と
富樫さんは熱く語る。
ガンバロの会長は来年もまた来ますと約束してくれた。そしてきっとドローム県に。
私は一週間後に何が起こったのかを知りました
タマキは福島第一原発で事故があった時、おばあさんの家にいた。
母は日本の北の方に行っていて、父は外国に出張中だった。
「祖母はテレビのニュースをあまり見ないので、私は何が起こったのか一週間後に知りました。」
12歳になるタマキはこの地域の若者達の心の傷について恥じらいを滲ませながら語る。
タマキは学校や町の周囲を除染しなければならなかった時、一ヶ月間マスクをつけたことを思い出す。
母がサマーキャラバンに参加しないかと勧めてくれた。3週間の自由。全く別の世界を発見すること。
「ここは気持ちが良いです。ここでは食物がどこから来たのかを心配する必要がありません。」
ヨーロッパに旅行するチャンスはなかなかありません
シュンペイとヒロアキはサマーキャラバンに参加する最初のチャンスを掴んだ。
「ヨーロッパを旅行するチャンスは滅多にありません。僕たちが日本を離れるのは二度目です。」
14歳の双子の兄弟は息抜きをすることが出来た彼らのチャンスを振り返り、何も後悔はない。
「パリは本当に美しい街です。」とシュンペイ。ヒロアキはフランスの歴史的建造物を前に感動している。
この旅の間に兄弟はフランスの美食を喜んで味わった。
ヒロアキは牛肉の煮込みが大好きだという傍らでシュンペイはフランスの名物があまり口に合わない。
「チーズは食べられないな」
フランスNPO団体GANBALOが主催するサマーキャラバンの途中、ホストのジョスカン夫妻はギヨン礼拝堂に、
原子力の専門家、ギュイヨン・カク・ニャン教授を招いた。
彼は元ベトナム高等電気学校校長、元フランス電気会社顧問、グルノーブル国立理工科学院元教授で
「福島 人類への警鐘」と題する講演を行った。
この講演の行われたギヨン礼拝堂には小林典明氏の母と子の抱擁をテーマにした「抱きしめるおもい」の絵が
展示されていた。
GANBALO「SUMMER CARAVAN」とは
「GANBALO」は2011年の東日本大震災を機に立ち上げられたフランスのNPO法人です。
福島の原発震災が現実になった今、長期の支援が必要とされます。
昨年に続きGANBALOサマーキャラバン2014を夏に実施いたします。
福島といわき市から10名の中高校生が参加することになりました。
福島の子ども達は定期的に空気の良い、自然の中で生活することで免疫力を高め、心身共に英気を養ってもらいます。
中継地では地元コミュニティーの子供達と交流し、フランスの歴史や文化を学びます。
またこの体験を通して国際性を身につけ、たくましく育ってくれることを目的としています。
他にもフランス国内における被災地への支援活動をレポートにしてウエブで報せたり、
イベントをオーガナイズして、GANBALOが制作し被災地の子供達へ
勇気と希望のメッセージを託した短編やドキュメンタリーフィルムを上映しております。
震災1年目に鯉のぼりアートプロジェクトという被災者への支援プログラムをたちあげました。(http://jp.koinoboriproject.com/)
海外からの支援活動レポートは被災地の人々をおおきく勇気づけています。
また被災地の復興の様子をフランス人に知らせ、東日本大震災を風化させず長期的支援活動の協力を訴え続けます。
フランスに住む日本人と支えるフランス人達との交流によって運動が活性化します。
この積み重ねが両国民を結束させる大きな礎になることは間違いありません。
活動の内容は公式ホームページ http://ganbalo.orgをご覧ください。