65年目のMERRYな夏

Vol.324 2010.08.02 MON

被爆から65年目を迎える、広島と長崎、そして沖縄で
世界中の子ども達の笑顔の傘を100本以上開く計画を立てて2ヶ月。
もともとはミウラ折りのチームの方からお話があり、
ミウラ折りの小型グラフィックからプロジェクトが進んでいった。
出来上がった小型グラフィックには世界中の子どもたちの笑顔、
そして、もう1面には平和のメッセージを広島と長崎でいっぱい頂き、デザインした。
子どもたちの笑顔は未来への希望。
世界は一つ。一つの夢。
それは平和です。

8月1日の日は平和記念公園の原爆死没者慰霊碑前で午後1時半から。
真夏の太陽がさんさんと照りつける。あの日もこんな日差しだったのかと思いながら
まず、このプロジェクトのオープニングセレモニーをはじめる。
初めに、前回のコラムでも登場した池田さんのスピーチがあり、
あの日は本当に悲惨な体験だったけど、それでも子どもたちの笑顔が大切だ、
子どもたちの笑顔のために平和のスクラムを組みましょう、といってくれた。
司会の石堂さんは今回一番このプロジェクトでお世話になった方で、長年広島で平和の絵画をやっている方だ。
石堂さんはデザイン専門学校の先生でもあり、彼を慕うOBや生徒達が多数参加。
今回の大きなストーリーを説明してくれ、
そしてその後水谷が、MERRY PROJECTのコンセプトからはじまり、
平和をデザインすることについて話した。


「デザインとは人々に勇気を与え、人・社会を幸せにする。
それは子どもたちの笑顔をデザインすることだ。」
デザイン学生も多いだけにそんな話をした。

それから、
「原爆投下という絶望を味わった広島から、世界に平和を発信しよう。」
と参加者にメッセージした。

会場には150人以上もの人たちが集まり、報道関係の人もたくさんきた。
姫路や大阪からも人が来てくれるほど。
そしてカメラ小僧ならぬ、カメラおじいちゃん、おばあちゃんまでかけつけた。
まるで万博の様な状況だった。
そんな中参加者全員で黙祷をし、約120本の傘を一斉に開いた。

その後傘を持ちながら、原爆ドーム前に行き、
その前で再度笑顔の傘を満開にした。
120の傘を前にして僕は、
「子どもたちの笑顔は未来への希望です!」
と話し、それを合図に傘が一斉に開いた。

ひとりひとりが笑顔になることで平和をつくっていくことができる。
広島こそ希望の笑顔いっぱいの街として、世界に平和をメッセージしていこう。
原爆投下という絶望を味わった広島だからこそ、世界に平和をメッセージしよう。
その後、本安川の周辺を一列に150m近い長さまでまっすぐ並べて。
橋をとり囲むように。そしてドームの対岸。
様々なシーンで傘を開いた。

最後に僕は、
「今日のこのプロジェクトは水の一滴かもしれないが、
波紋の様に広がって広島がMERRYな街になり、
そしてそれが世界に広がっていくことを願っています。
世界中の戦争・核廃絶につながってほしい。」
という言葉をで結んだ。

今回は地元の方々が頑張ってくれ、本当に感謝しています。
石堂さんをはじめとした色々な方、穴吹デザイン専門学校の藤岡先生、
生徒達にも本当にお世話になりました。

そして傘が終った後は、石堂さんを中心として、笑顔のイラストをみんなで描いた。
(ここで描かれたイラストは9月に宮島で展示される。)

みんな口々に、「きれい」といい、
広島には色々あるけど子どもの笑顔で何もかもチャラになる。
つきぬける。やはりこどもたちの笑顔は希望だ、子どもたちの笑顔は「良い!」
という感想を話していた。

そして、学生を始めとした参加者のみなさんも
「こんな形でデザインすることはうれしい。
みんなが一緒になって、一つのことをやるのが楽しい!
一つになれた。本当にMERRYな一日だった!」
と言っていた。

笑顔の連帯感。自然と平和公園の中がMERRYな空気でいっぱいになり、
65年前絶望の空気に埋まった街が 65年後の今日、MERRYな空気に包まれた。
人間は愚かな部分がある。しかし人を助ける、人と何かをする。
人を良くしていくこと。心の底から頑張ろう、という2面を持つ。
僕はその良い方をなんとか大きなものにして世界を良くして行きたいと思っている

また、現在MERRY PROJECTでは、平和のメッセージを集めています。
是非あなたの平和に関するメッセージを送って下さい。

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